東京地方裁判所 平成8年(ワ)2545号 判決 1998年6月29日
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 予備的請求について
1 被告は、原告に対し、金七億円及びこれに対する平成八年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的請求
被告は、原告に対し、一〇億〇〇四一万八一三〇円及びうち一〇億円に対する平成八年九月五日から支払済みまで年一四パーセントの割合(年三六五日の日割計算)による金員を支払え。
二 予備的請求
右に同じ。
第二 事案の概要
本件は、被告の保証予約を条件にツムラ商事株式会社(以下「ツムラ商事」という。)に対して資金の貸付をした原告が、被告に対し、主位的に、予約完結権の行使により締結されたとする連帯保証契約に基づく保証債務の履行として、右貸付元利金等の支払を、予備的に、被告の代表取締役らの不法行為に基づく損害の賠償として、右貸付元利金等と同額の金員の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認定することができる事実(認定事実は証拠を掲げる。)
1 当事者
(一) 原告
原告は、銀行業等を営む株式会社である。
(二) 被告
被告は、医薬品等の製造・販売等を営む株式会社であり、平成六年当時、補加参加人はその代表取締役の地位に、古屋修身(以下「古屋専務」という。)はその専務取締役の地位にあった。
2 消費貸借契約の締結
(甲一)
原告は、平成六年二月二二日、ツムラ商事に対し、次の条件で金一〇億円を貸し付けた(以下「本件消費貸借」といい、右一〇億円の貸付を「本件融資」という。)。
(一) 形式 証書貸付
(二) 貸付方法 平成六年二月二二日一括貸付
(三) 最終弁済期限 平成九年二月末日
(四) 弁済方法 平成九年二月末日一括弁済
(五) 利息 年三・八パーセント(年三六五日日割計算)
(六) 利息支払期 借入日にはその日から、毎年二月、五月、八月及び一一月の各末日にはその翌日から、それぞれ次の利息支払期又は最終弁済期までの利息を前払いする。
(七) 損害金 年一四パーセント(年三六五日日割計算)
3(一) 保証予約の締結(<証拠略>弁論の全趣旨)
補助参加人は、被告を代表して、平成六年二月二二日、原告との間で、本件消費貸借に基づくツムラ商事の原告に対する債務(以下「本件債務」という。)について次の内容の保証予約(以下「本件保証予約」という。)を締結した。
(1) 被告は、本件債務について原告に迷惑をかけないように配慮し、必要が生じた場合には、原告に対し、ツムラ商事と連帯して保証債務を負担する。
(2) 原告がツムラ商事の経営に懸念を持ち、又は必要と認めて被告に対し保証予約完結の意思表示をしたときは、本件保証予約は即時に完結し、被告はツムラ商事と連帯して保証債務の履行の責を負う。
(3) 被告は、原告の承諾がない限り、本件保証予約を一方的に解除することはできない。
(二) 取締役会決議の不存在(<証拠略>)
被告において、本件保証予約の締結についての取締役会決議は行われなかった。
4(一) ツムラ商事は、平成七年一一月二四日ころ、同日付け書面をもって、原告に対し、本件消費貸借に基づく同月三〇日支払分の利息金の支払をすることが困難となったことを告げて、本件債務の支払方法の変更等を要請した(甲三、弁論の全趣旨)。
(二) 原告は、右のようなツムラ商事の状況から判断して、本件保証予約に係る予約を完結する必要が生じたと認め、被告に対し、平成七年一二月八日到達の内容証明郵便をもって本件保証予約に基づき予約完結の意思表示をした(甲六の1、2、弁論の全趣旨)。
5(一) ツムラ商事は、本件消費貸借における利息支払期日である平成八年八月三〇日、本件消費貸借に基づく利息八二二万七三九七円の支払を怠った。
そこで、原告は、ツムラ商事に対し、平成八年九月三日到達の内容証明郵便をもって、同月四日までに右利息の支払をしないときは、同日の経過により本件債務につきツムラ商事と原告との間で締結した銀行取引約定書に基づき期限の利益を喪失させる旨の催告をしたが、ツムラ商事は、同日を経過しても右利息の支払をしなかったため、同日の経過により本件債務につき期限の利益を喪失した(甲一六の1、2、弁論の全趣旨)。
(二) 以上により、ツムラ商事は、原告に対し、次の各債務の支払義務を負った(甲一七の1、2)。
(1) 本件消費貸借に基づく貸金元本一〇億円及びこれに対する平成八年九月五日から支払済みまで約定による年一四パーセント(年三六五日日割計算)の割合による遅延損害金
(2) 平成八年八月三一日から同年九月四日までの未払利息四五万二〇五四円とツムラ商事の原告に対する預金とを相殺した残額四一万八一三〇円
(三) ツムラ商事は、平成八年九月四日ころ以降、本件債務についての返済能力を喪失している(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 商法二五六条一項後段の規定違反の有無
(補助参加人の主張)
(一) 本件保証予約の締結は、被告代表取締役であった補助参加人の利益となり、被告の不利益となるものであったから、商法二六五条一項後段所定の「会社ト取締役トノ利益相反スル取引」に該当する。
すなわち、本件保証予約締結当時、補助参加人は被告の代表取締役の地位にあったこと、補助参加人が平成四年一〇月までの間、ツムラ商事の代表取締役を務め、本件保証予約締結当時も同社の取締役の地位にあったこと、補助参加人に代わってツムラ商事の代表取締役に就任したのが、補助参加人の義弟である柴田紘次(以下「柴田」という。)であったこと、本件融資当時、被告がツムラ商事の株式を一・六パーセント強しか保有していなかったことなどの事実を合わせ考えれば、本件保証予約の締結は、被告の不利益となる一方で、ツムラ商事、ひいては補助参加人の利益となるものであるから、会社と取締役との利益相反する取引に当たるというべきである。にもかかわらず、本件保証予約の締結について取締役会決議は存在せず、そのことについて、後記3のとおり、原告には悪意又は重過失があるから、本件保証予約は、商法二六五条一項後段に違反し無効である。
なお、昭和五六年商法改正以前の判例(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三五一一頁)は、商法二六五条違反の行為は、取締役会決議の不存在について相手方が悪意の場合にのみ無効となるとしたが、右改正後においては、相手方に重過失がある場合にも無効となると解すべきである。
(二) 原告の主張に対する反論(原告の主張(一)に対して)
原告は、補助参加人が商法二六五条一項後段違反の事実を主張することはできないとするが、補助参加人の右主張は、被告の利益を図るものであるから、許されるものというべきである。
(原告の主張)
(一) 補助参加人の主張によれば、被告において商法二六五条一項後段に違反する行為をした取締役が補助参加人自身であることは明らかであるところ、右規定に違反した取締役は、その違反事実を会社以外の者に対し主張することができないから、補助参加人が右規定の違反を主張することは、それ自体失当である。
(二) 補助参加人の主張は、本件保証予約の締結が、補助参加人の利益となり、被告の不利益となることを何ら明らかにしていない。まず、ツムラ商事と被告が緊密な関係にあることは、補助参加人と被告の利益が相反することを意味しないし、また、補助参加人が本件保証予約締結当時ツムラ商事の代表取締役であったのなら格別、単なる平取締役であったのであるから、被告と補助参加人の利益が相反するということはできない。
2 商法二六〇条二項二号の規定違反の有無
(被告及び補助参加人の主張)
本件保証予約を締結することは、被告にとって、商法二六〇条二項二号所定の「多額ノ借財」に該当する。
すなわち、一〇億円の債務の保証を内容とする本件保証予約は、上場会社を中心とした実務の運用基準に照らしても、被告の取締役会規則上一件五億円を超える債務保証及び担保権の設定が取締役会の付議事項とされていることに照らしても、「多額ノ借財」に当たるということができるところ、被告において、本件保証予約をすることについて取締役会決議を経ていない。
そして、後記3のとおり、原告は、右取締役会決議の不存在につき悪意であったか、又は、これを知らなかったことについて過失があったから、本件保証予約の締結は、商法二六〇条二項二号に違反し、無効である。
(原告の主張)
金五億円を超える債務保証について、被告の社内の規定上取締役会決議が必要とされ、右金額が被告の社内において多額の借財に当たるか否かの基準とされていたとしても、被告は、右内部規定を、原告を含む第三者に対して主張することはできない。むしろ、社会通念上の客観的基準に照らせば、総資産一九〇〇億円を超える被告のような企業にとって、金一〇億円の本件債務についての本件保証予約が多額の借財に当たらないことは明らかである。また、原告には、後記3のとおり、取締役会決議の不存在について、悪意又は過失はない。
3 取締役会決議の不存在についての原告の悪意又は(重)過失の有無
(被告及び補助参加人の主張)
原告が金融機関であることに加え、本件融資が新規の取引であり、その額も一〇億円と極めて高額であること、平成五年三月期末決算におけるツムラ商事の売上高、経常損失及び欠損金合計額は、それぞれ約二一三八万円、約一〇九〇万円及び約一六六一万円であること、本件融資の資金使途等に関するツムラ商事の説明が不自然であったことなどからすると、原告は、本件融資に当たり、ツムラ商事の説明をうのみにすることなく、資金使途、被告とツムラ商事との関係等について慎重に調査をした上で、本件保証予約についての被告取締役会決議の存否を確認すべきであった。
ところが、原告は、本件融資を踏み台として将来被告との取引を開始するために、本件融資の締結を急ぎ、本件融資に当たり、ツムラ商事の説明内容の真偽について何ら調査をせず、原告の融資マニュアル上原則として必要とされる被告の取締役会議事録の徴求をしなかったばかりか、容易に入手することができる取締役会議事録に代わる確認書の徴求すらせず、本件融資の実行前に古屋専務と面会した際も、取締役会決議の存否を確認しなかった。このように、原告は、本件融資に当たり、被告に対し、保証予約をすることについての取締役会決議の存否について、何らの確認もしていない。
右の事情に照らせば、原告は、本件保証予約に関し、被告における取締役会決議が存しないことについて悪意であるか、そうでなくとも取締役会決議が存しないことを知らないことについて、過失はもとより、重過失がある。
(原告の主張)
原告は本件保証予約について被告の取締役会決議の不存在につき悪意ではない。また、取締役会決議の存否を確認する方法は、取締役会議事録の徴求以外にもあり得るところ、原告は、被告の財務担当の最高責任者である古屋専務に対し、保証意思の確認をし、被告代表取締役の印章を押捺した本件保証予約に関する証書(以下、「本件保証予約証書」という。)及び右代表取締役印の印鑑登録証明書の交付を受けているのであるから、取締役会議事録の徴求がなかったとしても、原告は、被告における取締役会決議の存否について、十分な確認をしたというべきである。そして、上場企業は、法的な義務として信用維持義務を負うから、原告が、被告において取締役会決議が必要とされる事項については、それが履践されているものと信用するのは当然である。
加えて、本件融資は、原告に持ち込まれてから実行されるまで約三か月近い日時を要した案件であり、これに当初二〇億円であったツムラ商事の融資要請を原告の判断で一〇億円に減額したこと、資金使途に関するツムラ商事の説明は当初より一貫していたことなどを考慮すれば、原告がツムラ商事の説明をうのみにしたなどということはできない。
以上のとおり、原告は、取締役会決議の不存在につき悪意ではなく、また、これを知らなかったことについて、重過失はもとより、過失もない。
4 取締役会決議の不存在による本件保証予約の無効を抗弁として主張することの許否
(原告の主張)
本件保証予約締結当時の被告の経営管理は、代表取締役である補助参加人と古屋専務の専断で行われ、被告の取締役会は、監視機能を欠いて形骸化していた。このような状態にあった被告について、取締役会決議の有無により対外的行為の効力の有無が論ぜられることは不当であるばかりか、被告が右決議の不存在を理由として本件保証予約の効力を争うことは、禁反言(エストッペル)の法理等、信義則に違反し、許されるものではない。
したがって、被告は、本件保証予約の無効を主張することができない。
(被告の主張)
本件においては、次のとおり、禁反言(エストッペル)の法理等を適用する前提を欠いており、被告が取締役会決議の不存在の抗弁を主張することは、右各法理に照らしても、何ら問題がない。
(一) 本件保証予約は、補助参加人及び古屋専務が専断的にしたものであるが、被告の取締役が補助参加人及び古屋専務の右行為を放置していた事実はない。
(二) 禁反言(エストッペル)の法理等は、問題とされる行為を被告自身がしたことが必要であるところ、本件保証予約を専断的にしたのは、補助参加人及び古屋専務であって、被告ではないし、株式会社である被告と補助参加人ら取締役とは別個の法主体であって、補助参加人が被告の株式を保有しているとしても、被告には他に多数の株主がいるのであるから、補助参加人と被告の利益を同一視することはできない。
5 不法行為の成否(予備的請求原因について)
(原告の主張)
(一) 仮に、被告において、本件保証予約につき取締役会決議を経ておらず、かつ、原告がそのことを知らなかったことについて過失があるとしても、次のとおり、被告は、原告に対し、不法行為責任を負う。
すなわち、補助参加人と古屋専務は、共謀の上、被告において本件保証予約をすることに関する取締役会決議がないことを認識していたにもかかわらず、原告に対し、取締役会決議が存在しないことを告知しなかったばかりか、かえって、古屋専務において、本件債務について被告が保証をする意思があることを表明したほか、被告代表取締役の印章を押捺した本件保証予約証書を作成し、右代表取締役印の印鑑登録証明書を取り寄せた上、これらの書類を原告に交付した。なお、その他の被告取締役らは、補助参加人及び古屋専務の右違法行為につき、取締役としての監視義務を怠った。
補助参加人及び古屋専務を初めとする被告取締役ら、ひいては被告自身の右違法行為の結果、原告は、被告が本件債務につき適法有効に連帯保証をするものと誤信し、ツムラ商事に対し金一〇億円の融資を実行したところ、ツムラ商事は、一5(一)記載のとおり、平成八年九月四日の経過により本件債務につき期限の利益を喪失し、原告に対して一5(二)記載の各支払義務を負担するに至ったが、ツムラ商事には、本件債務についての返済能力がない。
したがって、原告は、被告取締役ら、ひいては被告自身の違法行為により、一5(二)記載の、ツムラ商事から被告が支払を受けるべき金額と同額の損害を被った。
(二) したがって、被告は、<1> 商法二六一条三項、七八条、民法四四条一項、<2> 同法七一五条一項、又は<3> 同法七〇九条に基づき、原告に対して、右損害を賠償すべき責任を負う。
(被告及び補助参加人の主張)
(一) 不法行為の不成立(予備的請求原因の否認)
(被告の主張)
原告は、取締役会決議の不存在を確定的又は不確定的に認識した上で、ツムラ商事に対する融資を実行したものであるから、補助参加人及び古屋専務を初めとする被告取締役らの行為によって、被告が本件債務につき連帯保証をするものと誤信させられたということはできないし、また、原告の損害は、本件保証予約が無効となったことから生じたものであるところ、右無効の原因は、原告に悪意・過失(重過失)があったためであるから、原告の損害と補助参加人及び古屋専務を初めとする被告取締役らの行為との間には、相当因果関係がない。したがって、被告の原告に対する不法行為は成立しない。
(補助参加人の主張)
(1) 原告は、我が国一流の金融機関であるから、融資に当たっては、融資金の使途、事業目的の適法性、事業計画の妥当性などについて十分吟味する注意義務があり、本件のように事業計画が不十分であれば、仮に優良な担保の提供を受けたとしても融資を拒絶する必要があるし、被告が本件保証予約を適法にすることはないと気付くべきである。したがって、補助参加人と原告の損害との間に相当因果関係はなく、被告の原告に対する不法行為は成立しない。
(2) 補助参加人及び古屋専務は、取締役会決議が存在した旨の虚偽の事実を申し向けたことはなく、単に本件保証予約証書及び印鑑登録証明書を交付したにすぎないから、補助参加人及び古屋専務が原告を誤信させたということはできず、被告の原告に対する不法行為責任は成立しない。
(二) 原告の故意・重過失(予備的請求原因に対する抗弁一)
代表取締役又は被用者の行為がその職務権限に属さないことを、相手方が認識している場合又は知らないことについて重過失がある場合、株式会社は、右代表取締役の行為について、民法四四条一項所定の不法行為責任を負わないし、また、使用者は被用者の行為について、同七一五条一項所定の不法行為責任を負わない。
本件保証予約を締結するためには、被告において取締役会決議が必要であり、これを経ていなければ、本件保証予約は無効となるところ、原告には、取締役会決議の不存在について、前記のとおり、悪意又は重大な過失がある。したがって、原告に生じた損害は、補助参加人の行為については、被告の「職務ヲ行フニ付キ」(民法四四条一項)、古屋専務の行為については、「事業ノ執行ニ付キ」(同法七一五条一項)、それぞれ加えられたものとはいえないから、被告には不法行為責任は生じない。
(三) 過失相殺(予備的請求原因に対する抗弁二)
被告の原告に対する不法行為が成立するとしても、原告は、本件保証予約に関する取締役会決議の不存在を知らなかったことについて前記のとおり重大な過失があるから、右不法行為によって原告が被った損害については、相当の過失相殺が行われるべきである。
第三 争点に対する判断
一 前記第二の一の争いのない事実等、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
1 被告及びツムラ商事
(一) 被告
(1) 被告は、東京証券取引所第一部の上場会社であり、医薬品等の製造・販売等を営む株式会社である。
平成六年当時、代表取締役は補助参加人、専務取締役は古屋専務であり、古屋専務は、被告の社長室長を兼務し、取締役会議事録及び「社長印押印簿」の保管についての責任者であった。
(2) 被告の平成五年三月三一日現在の資本金は一二八億九五九七万八二〇〇円、総資産合計額は一九三六億七九〇〇万円、負債合計額は一三二八億三一〇〇万円であり、本件融資額一〇億円の、これら資本金、総資産合計額及び負債合計額に占める割合は、それぞれ、七・七五パーセント、〇・五一パーセント及び〇・七五パーセントである。
(3) 被告の取締役会規則上、一件五億円以上の債務保証及び担保権の設定は、取締役会の決議事項とされている。
(二) ツムラ商事
(1) ツムラ商事は、昭和六〇年九月、補助参加人を代表取締役とし、被告の一〇〇パーセント出資により設立された、羊毛製品等に関する貿易業、売買業等を営む株式会社である。本件融資当時のツムラ商事の発行済み株式総数は一二〇〇株であり、そのうち被告は、二〇株を保有するのみで、その持ち株比率は一・六六パーセントであった。
(2) 平成四年一〇月一日、補助参加人はツムラ商事の代表取締役を辞任したが、そのまま同社の取締役にとどまり、古屋専務は、同日、その監査役に就任した。
同日以後、補助参加人に代わってツムラ商事の代表取締役に就任したのは、補助参加人の妻の妹の夫である柴田であった。
2 本件融資に至る経過等
(一) 平成五年一一月一六日、原告本店営業本部第二部浦塚健策(以下「浦塚」という。)は、知人の友人である企業コンサルタントの西岡政幸(以下「西岡」という。)から、ツムラ商事が長期借入金の融資を希望している旨の情報を得た。その際、西岡は、浦塚に対し、ツムラ商事は被告の子会社であるが、連結決算の対象外であること、ツムラ商事の代表取締役の柴田が補助参加人の義弟であること、融資は、一〇億円以上でなければならないこと、担保は被告の保証予約であること、資金使途は、被告への転貸資金であり、被告には、エクイティ償還等のため、資金需要があること、ツムラ商事の被告への転貸は、被告の創立一〇〇周年を目途にツムラ商事を育成するためのものであること、ツムラ商事が被告の取引銀行以外から資金調達の実績を上げることで、柴田が被告の役員に就任する見込みがあること、右の融資条件で、安田信託銀行もツムラ商事に対し、四〇億円の新規融資を実行したことなどを告げた。
(二)(1) 浦塚は、右の案件について、被告の保証予約の下に被告への転貸資金を融資するという点を重視し、右案件が被告との直接取引への足がかりになる可能性があると考えた結果、これを前向きに検討することとした。
(2) 原告が新規取引を開始する際には、帝国データバンクに調査を依頼することとしているため、浦塚は、同社に対し、ツムラ商事に関する調査報告を求めたところ、帝国データバンクの調査報告書には、ツムラ商事が被告の一〇〇パーセント子会社であると記載されていた。また、原告がツムラ商事の登記簿謄本の調査をしたところ、被告代表取締役である補助参加人が取締役を、被告専務取締役の古屋専務が監査役を、それぞれ務めていることなどが明らかになった。このほか、浦塚は、被告の有価証券報告書にも目を通した。
(三) 浦塚は、平成五年一一月三〇日、西岡とともに、ツムラ商事事務所を訪れ、同社専務取締役の伊東平吉(以下「伊東」という。)及び取締役の河合幸一(以下「河合」という。)と面談し、伊東から、被告のグループ内でのツムラ商事の位置付けのほか、ツムラ商事を優良会社に育て、被告グループの子会社を再編する予定であること、そのために、ツムラ商事を被告の代理店として、広告関係業務のほか、販売部門も担当させる予定であり、また、ブランドイメージ普及のため札幌すすきの・八重洲・渋谷の三か所に被告のショールームを開設する計画が具体化していること、そのための運転資金として、総額約一〇〇億円の資金需要があり、安田信託銀行から四〇億円、東邦生命から一〇億円を借り入れたこと、原告からの融資金は、このようにツムラ商事が被告の代理店として開業するための運転資金に充てるものであること、被告のエクイティ償還資金は既に手当されたことの説明を受けた。
右伊東の説明と前記(一)の西岡の説明とでは資金使途の点で相違があったものの、いずれもツムラ商事の育成を通じ、被告グループの事業を拡大することに関連する資金という点で共通性があったこと、ツムラ商事事務所において被告のショールーム開設工事が進んでいたことなどから、浦塚は、特に違和感を感じることなく、伊東に対し、本件融資を前向きに検討する旨を伝えた。
(四) 浦塚は、ツムラ商事に対し、三期分の決算書及び事業計画書の提出を求め、同年一二月六日、ツムラ商事事務所を訪問し、伊東及び河合と面談し、ツムラ商事の三期分の確定申告書控えの写しを受領するとともに、ツムラ商事の希望する融資の具体的条件を聴取したところ、伊東は、担保について、被告の担保差入念書とする旨伝え、数日後、原告に対し、「営業活動について」と題する書面及びその付属書類(甲九)を交付した。
右の「営業活動について」と題する書面には、ツムラ商事が被告の系列会社であること、不動産管理部門において、被告の研修所、寮等の用地の選定等の業務を担当し、千葉県新松戸に社員寮を建築する予算四〇億円の計画及び静岡県伊東市の寮及び保養所に関する予算一五億円の計画が進行していること、商事部門において、東南アジアを中心とする商品輸出等の業務を取り扱うこと、広告及び情報部門において、被告の広告宣伝、情報収集業務等を取り扱うこと、代理店業務部門において、被告の売上額の一五ないし二〇パーセントを目標に被告の販売代理店としての業務を推進すること、右各業務の遂行に必要な資金として、不動産開発については五五億円、商事輸出入については一〇億円、広告宣伝については一〇億円、代理店については二〇億円がそれぞれ必要とされている旨記載されていた。
付属書類のうち「フィリピン小柴胡湯導入の件」と題する書面には、フィリピンUDMCの関係者から、柴田同席のもと、小柴胡湯の導入に関し、その背景、市場規模、ツムラ商事の輸出入価格等について説明がされたことが記載されていたほか、書面の左上に「柴田社長殿」との、同じく右上には「(株)ツムラ 外国部 千賀」との、同書面が被告からツムラ商事に提出されたものであることを示すものと受け取ることができる記載があった。なお、平成五年当時、小柴胡湯は被告の販売する漢方薬の主力商品の一つであり、千賀は被告の外国部長であった。さらに、付属書類のうち「ツムラ商事の販売店舗の件」と題する書面には、設置場所、設置時期等のほか、被告の子会社であるツムラ化粧品株式会社の商品等を取り扱う予定であること、店舗での販売等について、同社の従業員を当てる予定であることなどが記載されていた。
このほか、ツムラ商事の平成四年度の確定申告書の控え添付の「同族会社の判定に関する明細書」及び決算報告書によれば、被告がツムラ商事の発行済み株式総数一二〇〇株を全て保有し、ツムラ商事の資本金は六〇〇〇万円、売上高は約二一三八万円、経常損失は約一〇九〇万円、欠損金は約一六六一万円であると記載されていた。
(五) 浦塚は、平成五年一二月一四日、ツムラ商事事務所を再訪し、伊東及び河合に対し、被告とその子会社の業況について聴取するとともに、担保が被告の担保差入念書では本件融資を実行することができないこと、本件融資をするための条件として被告の保証予約が必要であることを伝えたところ、伊東は、担保を被告の保証予約とすることを了承した。右席上、浦塚は、伊東らに対し、融資を実行する前には、被告の保証意思の確認をする必要があることを伝えた。
(六) その後、浦塚は、禀議書を起案し、これを原告本店営業本部第二部長下田忠夫(以下「下田」という。)に提出した。
(七) 平成六年一月一二日、ツムラ商事事務所を訪れた浦塚は、伊東に対し、現在、禀議申請中であり、本件融資の実行の可否について結論が出るまで少し時間がかかることを伝えたほか、被告の役員との面会を求めたところ、伊東はこれを了承した。
浦塚は、同月二六日、下田とともに、ツムラ商事事務所を訪れ、伊東に対し、被告の保証意思を確認するため、被告の財務を統括している古屋専務との面会を求めたところ、その場で伊東が被告と面会日程等の調整をした結果、同年二月一日に、被告本社において、古屋専務と面会することとなった。
(八) 前同日、下田及び浦塚は、被告本社を訪れ、伊東の案内によって、被告役員応接室において古屋専務に面会した。
下田及び浦塚が古屋専務と名刺を交換した後、伊東が古屋専務に対し、被告の保証により原告から金一〇億円の融資を受けることになったと切り出し、次いで下田が古屋専務に対し、被告の保証の下にツムラ商事に対して金一〇億円を融資することとなった旨伝えると、古屋専務は、「どうぞよろしくお願いします。」などと答えた。
古屋専務との面会後、浦塚は、本件融資を実行するために必要な本件保証予約について、被告の保証意思を確認することができたものと判断し、伊東に対し、本件融資を実行することが可能となった旨を電話で伝えた。
(九)(1) 柴田は、平成六年二月三日、伊東とともに、原告本社を訪れ、原告の担当役員である新門常務取締役、下田及び浦塚と面談し、取引開始に当たっての挨拶を交わした。同日午後、浦塚は、ツムラ商事事務所を訪れ、原告が用意した本件融資に関する書類を伊東に交付するとともに、ツムラ商事が用意すべき書類として、ツムラ商事の代表取締役印の印鑑登録証明書、被告の保証予約証書、被告代表取締役印の印鑑登録証明書、資格証明書の交付を要求したほか、原告の事務手続書の融資編において、株式会社が保証人となる場合、原則として当該会社の取締役会議事録を徴求するものとされていることから、本件保証予約に関する被告の取締役会議事録の交付を求めた。
これに対し、伊東は、取締役会議事録以外の書類の提出には応じたものの、取締役会議事録については、安田信託銀行にも提出していないので、原告に対しても提出することはできないとして、これを拒否した。このため、浦塚は、上場企業等の大企業の場合、取締役会議事録の提出に応じず、原告としてもこれを免除することがあることから、伊東に対し、被告の取締役会議事録の提出をそれ以上は求めないこととし、また、被告取締役会議事録に本件保証予約の締結が了承されたことが記載されていることを証明する旨の、取締役会議事録に代わる確認書の提出を求めることもしなかった。
(2) 被告において、これまでも債務保証等をする際に、取締役会議事録の提出を求められ、これに応じてその提出をしたことがあった。
(3) なお、右席上、原告が提出を求めている被告の保証予約証書の記載事項等をどのような様式とするかが検討され、伊東が安田信託銀行に対し提出したものと同様の書式を使用することを提案した。原告の担当部署が右書式を検討したところ、特に問題はなかったことから、浦塚は、伊東に対し、右書式で問題ない旨伝えた。
(一〇) 平成六年二月一四日、浦塚は、伊東から本件保証予約の関係書類が整ったとの連絡を受け、同月二一日、被告代表取締役の印章が押捺された本件保証予約証書(甲二の1)、被告代表取締役印の印鑑登録証明書(甲二の2)、ツムラ商事作成の本件融資の「借入申込書」(甲一〇)等の契約書類一式を受領した。
本件融資当時、被告においては、代表取締役の印章の押捺手続は、各部署が要印文書を作成し、「社印・社長印請求簿」と共に総務部を経由して社長室長に回付し、社長室長の古屋専務が押捺することとされ、押捺の結果は「社長印押印簿」に記載され、また、会社登記簿謄本等の謄本類・印鑑登録証明書は総務部において保管され、その使用に際し、「登記簿謄本・抄本・印鑑証明書・資格証明書請求簿」に必要事項を記載することとされ、代表取締役印の印鑑登録証明書の申請手続は、司法書士に依頼されていたが、本件保証予約証書(甲二の1)及び印鑑証明書交付申請書(甲二の2)は、平成六年二月一四日ころ、右の被告における正規の社内手続を経ることなく補助参加人及び古屋専務が自ら又はその部下をして、被告代表取締役の印章を押捺して作成し、同月二一日、伊東を介して浦塚に交付したものである。
(二) 平成六年二月二二日、原告は、ツムラ商事に対し、本件融資を実行した。
二 争点1(商法二六五条一項後段の規定違反の有無)について
1 被告がツムラ商事の本件債務について本件保証予約をすることが、被告の不利益において補助参加人の利益となる商法二六五条一項後段所定の「会社ト取締役ノ利益相反スル取引」に該当するか否かを検討すると、右規定の趣旨は、取締役個人と株式会社との利害相反する場合において、取締役個人の利益を図り、会社に不利益な行為が濫りに行われることを防止しようとすることにあると解されるところ、前記認定事実によれば、補助参加人は、平成四年一〇月まではツムラ商事の代表取締役を務め、本件融資当時も同社取締役の地位にあり、補助参加人の義弟である柴田が補助参加人に代わって同社代表取締役に就任しているとの事情が存在するものの、右事情のみでは、いまだ、本件保証予約により補助参加人に利益がもたらされるものとまでは認めがたいから、本件保証予約の締結は、単に被告とツムラ商事との間の利害が相反するものにすぎず、被告と補助参加人の利益相反する取引に当たるということができないことが明らかである。
2 よって、その余の点について判断するまでもなく、商法二六五条一項後段の規定違反を理由とする補助参加人の主張は理由がない。
三 争点2(商法二六〇条二項二号の規定違反の有無)について
1 まず、前示のとおり、本件保証予約は、原告の予約完結の意思表示により、被告が原告に対し、ツムラ商事と連帯して本件債務について保証債務を負担する旨の合意であるから、商法二六〇条二項二号にいう「借財」に該当するということができる。そこで、進んで本件保証予約が、右借財として同号所定の「多額」のものということができるか否かであるが、ツムラ商事の資本金は六〇〇〇万円、売上高は約二一三八万円、経常損失は約一〇九〇万円、欠損金は約一六六一万円であるから、本件融資について、主債務者であるツムラ商事に必ずしも十分な返済能力があるということはできないことに加え、本件融資の額の平成五年三月三一日現在の被告の資本金、総資産合計額及び負債合計額に占める割合が、それぞれ、七・七五パーセント、〇・五一パーセント及び〇・七五パーセントであり、特に資本金に占める割合が相当の程度に達していること、被告取締役会規則において、一件五億円以上の債務保証は、取締役会の付議事項とされていることなどの事情を総合すると、一〇億円に上る債務についての本件保証予約の締結は、被告にとって、商法二六〇条二項二号所定の「多額ノ借財」に当たるものということができる。
2 ところで、前記認定のとおり、本件保証予約の締結について被告は取締役会決議を経ていないところ、代表取締役が、商法二六〇条二項二号所定の取締役会の決議を経てすることを要する対外的な取引行為を、右決議を経ないでした場合でも、右取引行為は、内部的意思決定を欠くに止まるから、原則として有効であって、ただ、相手方が右決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限って無効であると解される(最高裁昭和四〇年九月二二日第三小法廷判決・民集一九巻六号一六五六頁参照)。
そこで、原告が、本件保証予約の締結に関し、被告の取締役会決議が存在しないことについて知り又は知り得べかりしものであったか、換言すれば、原告に、取締役会決議が存在しないことについて悪意があったか又はこれを知らないことについて過失があったか否かを検討する。
まず、被告及び補助参加人は、原告が取締役会決議の存在しないことについて悪意があったと主張するが、原告が、本件保証予約の締結に際し、被告の保証意思を確認するために古屋専務と面会し、さらに、伊東に対し、本件保証予約に関する被告の取締役会議事録の提出を求めていることに照らせば、原告が右取締役会決議の不存在について悪意であったと認めることはできない。
次に、原告が本件保証予約の締結について、被告の取締役会決議が存在しないことを知らなかったことについて、過失があるか否かを検討する。
確かに、帝国データバンクの調査報告書及びツムラ商事が交付した確定申告書の控えの記載などからすれば、ツムラ商事を被告の一〇〇パーセント子会社であると信じ得る余地があり、これに、役員の構成、ツムラ商事の設立経緯等のほか、平成五年当時の被告の主力商品の一つをツムラ商事がフィリピンに輸出することに関する「フィリピン小柴胡湯導入の件」と題する書面がツムラ商事から原告に交付されたこと、ツムラ商事事務所において、ショールーム開設作業が進捗していたこと、本件融資に当たり、原告が被告の保証意思確認のため、古屋専務との面会を求めた際には、伊東が古屋専務との面会日時を速やかに調整したといえることなどを合わせ考えれば、被告グループの経営戦略の一環としてツムラ商事を被告の代理店とするための運転資金として本件融資が必要となる旨の伊東の説明も、あながち不自然な説明とはいえないこと、何よりも、東証一部上場の企業である被告の専務取締役が、原告から本件保証予約のもとに本件融資を実行すると告げられて、これを了承している旨の対応をしていることに加え、補助参加人の記名押印のある本件保証予約証書及び印鑑登録証明書の提出を受けていることなどからすると、原告が、被告において、本件保証予約を締結するにつき、取締役会決議を経たものと信じたということも、理由がないとはいえない。
しかしながら、本件保証予約締結当時、被告は、ツムラ商事の発行済み株式総数一二〇〇株のうち二〇株を保有していたにすぎず(持ち株比率一・六六パーセント)、このことは、被告の有価証券報告書の検討により容易に明らかとなる事柄である。また、本件融資を紹介した西岡とツムラ商事の伊東では、本件融資の使途に関する説明が異なる上、本件融資額が一〇億円と高額であるのに対し、ツムラ商事から本件融資の返済がされない場合の引き当てとなるものは本件保証予約のみであり、その有効性は、商法二六〇条二項二号所定の「多額ノ借財」として被告取締役会決議の有無に左右されるものである。このような事情にかんがみれば、本件融資に関し、原告は、本件保証予約により利益を受け、被告と利害が相反するツムラ商事の伊東のみならず、被告の担当部署に対しても取締役会決議の有無を尋ね、そうでなくとも、伊東に対し、被告の取締役会議事録に代わる確認書の提出を求めるなどの方法により、被告の取締役会決議の有無を確認すべきであったということができる。それにもかかわらず、原告側は、保証契約の締結に際しては相手方会社の取締役会議事録を徴求するという原告の原則的取扱いにも従わず、伊東に対し、取締役会議事録の提出を求めたのみで、これを拒否されると、取締役会議事録に代わる確認書の提出を求めなかったばかりか、古屋専務に対しても取締役会決議の有無について、何ら尋ねることなく、また、その他被告に対し、直接に取締役会決議の有無を確認することなしに、本件融資を実行したものである。
そうであれば、原告は、本件保証予約の締結に関し、被告の取締役会決議が存在しないことを知らないことについて、過失があったものというべきである。
四 争点4(取締役会決議の不存在による本件保証予約の無効を抗弁として主張することの可否)について
1 原告は、被告が取締役会決議の不存在による本件保証予約の無効を抗弁として主張することは、禁反言(エストッペル)の法理等、信義則に違反するものであり、許されないと主張する。
しかし、<証拠略>によれば、被告においては、定期的に取締役会が開催されているほか、本件保証予約の締結後、平成六年三月二五日に開催され、補助参加人及び古屋専務も出席した被告の臨時取締役会において、被告が津村建物株式会社の借入金三四億円の債務を連帯保証する件について決議されていることが認められることなどの事実にかんがみれば、原告主張のように、被告の取締役会が監視機能を欠き全く形骸化していたとか、補助参加人及び古屋専務を除くその余の被告取締役らが監視義務を怠り、補助参加人及古屋専務の専断的行為を放置したとまでは認めることはできない。
したがって、被告が取締役会決議の不存在を抗弁として主張することが、禁反言(エストッペル)の法理等、信義則に違反する旨の原告の前記主張は、その前提を欠き、採用の限りではない。
2 以上のとおりであるから、原告の主位的請求は、この余の点について判断するまでもなく、理由がない。
五 争点5(不法行為の成否)について
1 株式会社の代表取締役がした行為が、その行為の外形からみて、その職務行為に属するものと認められる場合、又は、被用者の行為が、その行為の外形からみて、株式会社の事業の範囲内に属するものと認められる場合、前者については、商法二六一条三項、同法七八条、民法四四条一項に、後者については、民法七一五条一項に、それぞれ基づき、株式会社は、右各行為により相手方が被った損害を賠償すべき責任を負うものと解すべきである。
本件について検討すると、被告取締役会規則においては、一件五億円以上の債務保証は取締役会の決議事項とされ、現に平成六年三月二五日の補助参加人及び古屋専務が出席した被告の臨時取締役会において、被告が津村建物株式会社の債務を保証する件について決議がされている。また、被告代表取締役の印章は、古屋専務が保管していたところ、本件保証予約証書(甲二の1)及び印鑑登録証明書(甲二の2)は、被告における正規の手続を経ることなしに補助参加人及び古屋専務により作成され、伊東を介して原告に交付されたものである。これに、本件保証予約がなければ、原告は本件融資を実行しなかったこと、補助参加人及び古屋専務は、それぞれ、ツムラ商事の取締役、監査役の地位にある等の事情から、本件保証予約当時、ツムラ商事の経営状態について十分に承知していたものと考えられること、ツムラ商事は、平成八年九月四日ころ以降、本件債務の返済能力を喪失していること、等の事実を合わせると、補助参加人及び古屋専務は、ツムラ商事がいずれ本件債務の返済能力を喪失することがあるべきことを予知しながら、被告の取締役会決議を経ないまま、共謀の上、原告に対し、被告取締役会決議が存しないことを告知しなかったばかりか、古屋専務においては被告が本件保証予約を締結する意思がある旨を表明するなどした上、被告の代表取締役の印章を押捺した本件保証予約証書(甲二の1)、被告代表取締役印の印鑑登録証明書(甲二の2)等を伊東を介して原告に交付し、もって、原告をして、被告が本件保証予約をするについて、取締役会決議を経ており、本件保証予約が有効なものと誤信させた結果、本件融資を実行させ、その回収を不能ならしめたものと認めることができる。
以上によれば、原告は、外形からみて補助参加人の職務行為に属するものと認められる加害行為及び外形からみて被告の範囲内に属するものと認められる古屋専務の加害行為の競合により、ツムラ商事に対して本件融資の実行として一〇億円を交付させられ、その回収が不能となったため、右一〇億円の損害を被ったものと認めることができる。
2 なお、株式会社の代表取締役がした行為、その行為の外形からみて、その職務行為に属するものと認められる場合、又は、被用者の行為が、その行為の外形からみて、株式会社の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が代表取締役又は被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、その行為の相手方が重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、株式会社に対し、その賠償を請求することができないと解すべきであるが(最高裁昭和四二年一一月二日第一小法廷判決・民集二一巻九号二二七八頁、最高裁昭和五〇年七月一四日第二小法廷判決・民集二九巻六号一〇一二頁等参照)、原告は、本件融資に当たり、上場企業である被告の専務取締役(古屋専務)に面会の上、被告の保証意思の確認をしたほか、本件保証予約証書(甲二の1)及び印鑑登録証明書(甲二の2)の提出を求め、これを受領していること、さらに、原告は、本件保証予約に関する被告取締役会決議の有無を被告に対し直接尋ねることはなかったものの、ツムラ商事の伊東に対しては、被告取締役会決議議事録の提出を求めたこと、上場企業等の大企業の場合、取締役会議事録の提出に応じないことがあること等の事実に加え、本件不法行為は、補助参加人及び古屋専務らが被告における取締役会決議の不存在を認識しつつ行ったものであり、その違法性は重大であって、原告に保護を与えることが公平の見地に照らし相当性を欠くとはいえないこと等の事情に照らせば、本件保証予約を締結するにつき、被告取締役会決議が存しないことを知らないことについて、原告に重大な過失があるとまでいうことはできない。
3 もっとも、被告取締役会決議がないことを知らないことについて原告に重大な過失を認めることができないとしても、前記三2のとおり、原告には、そのことについて過失があるというべきであり、右の過失割合は、前記認定の諸事情に照らせば、三割に相当するというべきであるから、右割合をもって、過失相殺を適用することが相当である。
4 以上によれば、被告は、原告が被った一〇億円の損害の七割に相当する七億円について、商法二六一条三項、七八条及び民法四四条一項並びに同法七一五条一項に基づき、被告に対して損害賠償の責任を負うものというべきである。
六 結語
よって、原告の主位的請求は、理由がないからこれを棄却することとし、予備的請求のうち、七億円及びこれに対する不法行為の日の後である平成八年九月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求(原告は、賠償を求める損害につき、前同日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をも、黙示的に請求しているものと解される。)については、理由があるから認容し、その余の部分については、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官 石井 浩)
裁判官 池田順一は、転任につき署名捺印することができない。
(裁判長裁判官 福岡右武)